NRLS-6



第三章 友達

「仲井君、おはよう」
 学校に着いてから、何となく窓の外を眺めていた真一は久しぶりの声に振り向いた。
「よう、久しぶりだな」
「うん。何か、来にくかったから……」
「ああ……」
 あんな姿を見せてしまったあとだ。由利なりに、自分の気持ちを整理する時間が必要だったのだろう。
「まあ、別に授業も始まってないんだから、問題ないだろ」
「ねえ、それよりも……前原君の様子、どうだった?」
「波田の休んでる間のか? そういえば、ずっと何か気にかけてたみたいだったけど」
「それって……私のこと、かな」
「とは限らないだろ。でも、その可能性は低くないな」
 それを聞いてうつむく由利に、真一は慌てて言った。
「お前が暗いと、みんな変に思うだろ。祐樹に余計な気遣いさせたくないなら、嘘でもいいからいつも通りにしてろ」
「うん。それでさ、私が休んでる間にどんなことやったの?」
「まあ色々と。楽しかったよ。で、先週一週間で分かったことはだな、うちのクラスは楽しい奴が多いらしいな」
「それはそうでしょ。担任の先生があれなんだから」
「お前、それを言っちゃ身も蓋もないだろ。あ、そういえば桜岡さんに恋人いるかって聞いて見事にしばかれてた奴がいたけど」
「本当?」
「ああ」
 相槌を打つ真一の背後から、聞き慣れた声が一言付け加えた。
「それって、シン君でしょ?」
 真一は振り向きもせず、溜息混じりに言った。
「あのな、あゆみ。ばらすな」
「おはよう、水崎さん」
 真一の言葉に続くように由利に声をかけられたあゆみは、幼なじみを無視して言葉を返した。
「おはよう。落ち着いた?」
「うん。それよりも、先生に聞いたのって仲井君なの?」
「そう。あのときのシン君と先生の会話、完全にコントだったよね」
「俺はただ、みんなの疑問を代表して聞いただけだ。それに、クラス委員として責任をだな……」
「関係ない、関係ない」
 由利の顔には笑みが戻っていた。ごく自然な笑顔だった。
「それでさ、先生には恋人いたの?」
「いたら俺、桜岡さんとコントやるはめになったと思うか?」
「それもそうだね。――あの、それはそうと……」
「祐樹、か?」
「う、うん」
 真一は祐樹の方を横目で見る。彼は友人と楽しそうに話をしていた。
「どうする? 言っとくけど、俺らから祐樹にハンカチ返しといてくれ、ってのはなしだぞ」
「それは分かってる。だから前原君に、放課後の屋上に来てくれるように言ってくれない?」
「分かった。無理に引っ張ってでも連れてくよ。――あ、ほら、独り者の担任が来たぞ」
 教壇の前に立つと、桜岡は手を叩いて話を制した。
「はいはい、話やめて。それで、仲井君?」
「はい?」
「誰が独り者ですって?」
「……聞こえてたのかよ。どういう聴力してるんだ、一体……」
 そしてまた漫才が始まることとなるのだが、それはここでは省略する。


 放課後――。
「えっと――」
 屋上に出た祐樹は、周りを見回した。誰もいなかったが、遠くに浮かぶ夕日が目に留まった。
「へえ……」
 きれいな夕日だった。街を照らす赤が、日常を忘れさせてくれるような気がした。
「前原君」
 不意の自分を呼ぶ声に、祐樹は後ろを振り返った。
「波田さん? じゃあ、僕をここに呼んだのって……」
「うん、私。ごめんね、余計な時間とらせて」
「そんなことないよ。でも、どうしたの?」
「これ、返そうと思って……」
 由利の手には、祐樹のハンカチがあった。うつむいて、元の持ち主にそれを差し出す。
「ありがとう」
「お礼なんて別にいいよ。何でもないハンカチだし」
 そう言いながら、祐樹は受け取ったハンカチをブレザーのポケットにしまった。
「嘘……だよね」
「え?」
 唐突な由利の呟きに、祐樹は思わず聞き返した。
「そのハンカチ……お母さんの、形見なんでしょ?」
「え……」
「聞いたよ。仲井君と、水崎さんから……」
 祐樹は困惑した表情を見せながら、
「う、うん。まあ、一応は……」
 と、頭をかいた。
「でも、気にすることないよ。母さんが死んだのって僕が小さい頃だし、だからもうこだわりなんてないから……」
「……」
「それにさ、ハンカチってやっぱり使われるためにあるものだし……」
「……言った通り」
「え?」
「仲井君がね、前原君はきっと私に気を遣わせないように振る舞うって言ってたの」
 由利の言葉を、祐樹は本心から否定した。
「本当に僕は気にしてないよ」
「うん。分かってる。でも……」
 由利は顔を上げて、
「どうして、ほとんど見ず知らずの私にそんな大切なもの、貸してくれたの?」
「だって、泣いてたらほっとけないよ、やっぱり。いくら、まだ何も知らなくても」
 そんな祐樹らしい台詞に、由利は微笑んで、
「優しいんだね、前原君って」
 と、言った。その屈託のない笑顔に、少年の心が少し動いた。
「そ、そんなことないよ。優しいなんて……」
「ううん、あるよ。……それでね、お願いしていい?」
「お、お願い?」
 祐樹の心情に気付いたのか、あるいは赤く染まったその場の風景がそうさせているのか、由利はそれまで以上の笑い顔で言った。
「うん。こんなこと言うの、子供みたいで恥ずかしいんだけど――私の友達になって」
 祐樹は視線を足元の無機質なコンクリートに落としながら、照れくさそうに、しかし暖かい声で言った。
「う、うん。いいよ」
 由利は嬉しそうな表情で、夕日をまぶしそうに見つめながら言った。
「ねえ、前原君。ここから見る夕日って、きれいだね」
 と、しばらく夕日を無言で眺めたあと、
「そういえばクラスでお花見した日に、私のこと家まで送っていってくれたのも前原君なんだよね。私、実は覚えてないんだけど……」
「あ、うん。家を知ってるの、僕だけだったから」
「ごめんね、迷惑かけて」
「そんなことないよ」
 と、祐樹は微笑む。赤く照らし出された少年の顔は、いつもよりも大人に見えた。
「ありがとう。でも、仲井君が手伝ってくれるって言ったのをわざわざ断ったのはどうして?」
 この際、全てについて聞き出しておきたかった。もっとも、色々と質問しているのには別の側面もあるのだが。できるだけ、長く話をしていたいという意味も。
「あ、ほら、真一にはあゆちゃんがいるから」
「ふうん……。それだけ?」
「そうだよ。何で?」
「私の家のこと……とか気にしてたんじゃないの?」
 祐樹は一瞬押し黙って、
「……それも、全くないって言ったら嘘になるけど。大変なんじゃないの?」
「私、家事好きだから。たまに寂しくなるときもあるけど、学校が楽しいから平気。それよりも、聞いていい?」
「何?」
「仲井君と水崎さんって、どういう関係なの?」
「とりあえず、幼なじみって答えるのが一番間違いがないとは思うけど……」
「でも、その割には仲良すぎない?」
 祐樹は肩をすくめて、
「だから、分からないんだ。まだ恋人にはなってないみたいだし」
「でも、時間の問題じゃないの?」
「普通はそうなんだけど、あの二人の場合はそうとも言えないんだよね。幼稚園の頃からずっとあんな感じだったから、別に区切りみたいなものも必要ないんじゃないかな」
「それって、すごい強いんじゃない?」
「うん。兄妹みたいにいつも一緒だったから。あの二人の関係は、壊せないし壊れないと思うよ」
「そういう関係って、いいな。私は、友達なんてほとんどいなかったから」
「あ……」
 声を失いうつむく祐樹に、由利が明るく、
「やだ。前原君が暗くならないでよ。もう、昔の話なんだから。実際、こうして私と前原君は話してるでしょ? 昔は昔、今は今」
 と、言った。
「それはそうと、前原君は恋人とかいないの? 好きな人でもいいけど」
「い、いないよ。今まで一度も恋人なんて、できたことないから……」
「本当? 前原君って、女の子の人気ありそうに見えるけど」
「そ、そんなことないよ。僕なんて、全然……」
 赤くなる祐樹を見て、由利はもう一度小さく笑って、
「そろそろ、帰ろうよ。せっかくだから、一緒に帰らない?」
「あ、う、うん。いいよ」
 並んで歩き出す二人。長く伸びる影が、両方とも普段より楽しそうだった。


「ただいま……」
 誰もいない家の中に、由利は帰宅を知らせる言葉を投げかける。当然何の返事もない。
「はあ……」
 思わず出る溜息。由利はバッグを椅子の上に投げると、制服を着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。
「はあ……」
 もう一度溜息をつくと同時に、電話が鳴り出す。由利はそれをゆっくり取り、外線のボタンを押した。
「もしもし」
「――由利か?」
 受話器の向こうから、遠慮がちに聞こえてくる声。だが、それは紛れもなく彼女の父親――英明のものだった。
「お父さん……」
「元気か?」
「うん……」
「学校には……ちゃんと行ってるか?」
「うん……」
「そうか……」
 たった一言の相槌だが、本当に英明が安心しているのが由利にはよく分かった。逆に言えば、それだけ娘のことを心配していたということである。
「ねえ、お父さん。何か用があるんじゃないの?」
「……ああ。どっちについていくか、決めたか?」
 しばらくの沈黙のあと、
「それって……やっぱり、別れるってこと?」
「……ああ。由利は、母さんと暮らして欲しい」
「……」
「僕は、何もできない男だ。親としても、一個人としても。だから……」
「だから、お母さんと……裕子と暮らして欲しい、って言うの?」
「……ああ」
 由利は感情を消し去った声で、
「嫌だよ」
「嫌って……じゃあ、どうするんだ?」
「私は、お父さんと暮らす」
「僕と暮らすことは、お前のためにならない。だから、母さんと暮らせ」
「そんなの、絶対嫌」
「……由利。お前、いつからそんなわがままになったんだ? お前だって、僕がどんな人間かってことぐらい分かってるだろ?」
「分からない」
「由利……。僕が、何もできない男だってことは知ってるだろ? いい加減に、母さんと一緒に暮らすって言ってくれ」
「いい加減に……」
「え?」
「いい加減にするのはそっちよ!」
 由利の突然の荒い声に、英明はたじろいだ。
「な、何が……」
「分からないとでも思ってるの!? そうやって自分を悪く言って、わざとお父さんから私を引き離そうとしてることぐらいもう分かってる!」
「ちょっと待ってくれ。僕がどうしてそんなこと……」
「お母さんと別れたら、会社を解雇されるからよ!」
「……!」
 言葉が出なかった。今の一言で、娘が全てを把握していることが分かってしまったからだ。
「……私、知ってたよ。お父さんの勤めてる会社の社長が母さんだってせいで、お父さんがすごく苦労してて、今の会社を辞めたがってたってけど、私のために辞めなかったって。お母さん、自分の給料は全部自分の買い物とかに遣ってたんでしょ?」
「……」
「こっちへの仕送りだってお母さんと半々だって言ってるけど、本当はお父さんが全部負担してるんでしょ?」
「いや、それは……」
「お母さんと別れたら、仕事を辞めなきゃいけない。そんな自分にもし私がついていくなんてなったら、苦労させるだけだ。だから、自分に愛想を尽かしてお母さんと一緒に住むようにさせよう。……そう、考えたんでしょ?」
 全てが由利の言う通りだった。英明は、あまりの自分の情けなさにその場から逃げ出してしまいたかった。
「お父さんの気持ちも分かるよ。だから私、お父さんのことをひどい人だって思おうとした。友達に、私のことなんか気にも留めない人だって嘘ついた。でも、そのたびにすごく胸が痛んだ。辛かった」
「……」
「それに、あの人と一緒に暮らすことだけは絶対にしたくない。どんな苦労をしたっていいから、私はお父さんと一緒に暮らしたい。私は、お父さんが私のことどれだけ心配してくれてるかってこと、ちゃんと知ってるから」
「由利……」
 あふれてくる涙をこらえるのに精一杯で、それ以上の言葉は紡げなかった。声にしたい思いが無数にあるのだが、口を開けばその瞬間に泣き出してしまいそうだった。
「学校ね、とっても楽しいよ。周りの人はみんな優しいし、友達もたくさんできたし」
「よかったな……」
 その一言がやっとだった。感情が彼の言葉を制限していた。
「ねえお父さん。いつ頃、帰ってこれる?」
「ゴールデンウィーク頃には……。その前に、職を失ってるかも知れないが」
「帰ってきたらね、おいしいものたくさん作ってあげるから」
「楽しみにしてるよ」
「あんまり無理はしないでね。そんなに体強くないんだから」
「分かったよ。じゃあ、また」
「うん」
 電話を切り、受話器を置くと同時にインターホンが鳴った。階段を降り、チェーンキーのかかった玄関から外を見る。
「よう」
「こんばんは」
「水崎さんに仲井君。ちょっと待って」
 由利はチェーンキーを外すと、笑顔で二人を迎え入れた。
「どうしたの?」
「祐樹にちょっと用事があってさ。で、今その帰りってわけ。それはそうと波田、夕飯もう食べたか?」
「まだだけど、どうして?」
「一緒に食べない? 私たち、コンビニのお弁当だけど」
「だって、家は?」
「困ったことに俺とあゆみの両親、どっちも旅行に出かけてさ。一週間は帰ってこない」
「私の方は香港、シン君の方は……ハワイだっけ?」
「ああ」
 由利は呆気に取られた表情で、
「……変わった親だね」
 と、言った。
「自分でもそう思う。まあ、波田も一人なんだろ?」
「うん。じゃあ、上がって」
「お邪魔します」
「同じく」
 由利は二人を居間まで案内すると、自分は制服姿のままキッチンへと入っていった。
「波田さんは何食べるの?」
「昨日のカレー。余ってるから」
 一方の真一は部屋の中を見渡しながら、
「しかし大変だな。全部一人だろ?」
「料理も洗濯も掃除も好きだから。でも、食事があんまり楽しくないかな」
「だろうな。本当は今日、祐樹も連れてこようと思ったんだけどさ。ほら、そうすると親父さんが一人になっちまうだろ?」
「そう考えると、私なんかましだね。ちゃんと両親、生きてるんだから。ねえ?」
「ねえ、って言われても……。俺らにはコメントする権利がないって」
 由利は明るく笑って、
「それもそうだね」
 そんな彼女を見た真一は、少し意外そうな口調で、
「何か今日、元気いいな」
「そう?」
「このところ、何て言うかおとなしかったからさ。そっちの方が波田らしいって」
「ありがと。最近、色々とあるから」
「大変なんだな」
 カレーを分け終えた由利が、居間のテーブルに皿を置きながら言った。
「親の離婚を目前にしてるんだから、色々ない方が変だと思うけど?」
「離婚……かあ。やっぱり名字とか変わるのか?」
「シン君、そんなこと……」
「ううん、いいの。逆に避けてる方が不自然になるだろうし。――変わらないと思うよ。お父さんと一緒に暮らすから」
「ふうん。それはそうと、祐樹にはちゃんとハンカチ返したのか?」
「うん。いい人だね、前原君って」
「だろ? もうちょっとわがままになってもいいよな、あいつの場合」
 そう言いながら、真一は夕食のサンドイッチを口の中に放り込む。
「祐樹って、絶対『いい人』で終わるタイプだと思わないか? 女性陣から見て、どう思う?」
「私は、よく分からないな。付き合い長いから」
「まあ、あゆみはな。いつも一緒だったから。波田は?」
「――どうだろ。でも、恋愛するにはちょっと辛いかも」
「どういうこと?」
「あそこまでいい人だとね、何かあるたびに逆にこっちが辛くなりそうだから」
「それはあるかもな。恋愛なんてさ、お互いの感情をぶつけあうぐらいがちょうどいいんだよ」
「それは――」
 由利は悪戯っぽい笑みとともに、
「経験談? それとも、机上論?」
「後者だ。それにな、恋愛ってたくさん形があるんだから、感情を表にさらけ出してるのがいいとは限らない。時と場合と相手によるさ。まあ、この手の話は俺が言っても説得力は皆無だけどな」
「だって。水崎さん、どう思う?」
「え……」
「……ちょっと待ておい。どうしてそこであゆみに話が向くんだよ」
 由利は大げさに肩をすくめて、
「さあ?」
「大体な、人のことはどうだっていいんだよ。お前自身、祐樹とはどうなんだ?」
 そう問い返された由利は一瞬言葉を失い、すぐに慌てた声音とともに口を開いた。
「な……。どうして、そこで前原君が出てくるのよ」
「理由は簡単。目下、お前に一番近い男だからだ」
「あ……」
 由利は言葉が返せなかった。実際、真一を除けば祐樹は彼女の唯一の男友達だからだ。
「祐樹に恋人は絶対いない。それだけは保証するよ」
「だから、どうしてそんなこと保証するの」
「もしも、ってことがあるだろ。事実、あいつの女友達ってあゆみ以外じゃお前だけだと思うぞ」
 由利は、少し驚いた表情を見せて、
「そうなの?」
「ああ。もっとも、中学の三年間いた――どこだっけ、あゆみ」
「大阪」
「――その大阪の方じゃ分かんないけどな。でも、あいつの性格から考えればたぶんいないだろうけど。祐樹は、基本的に女性が苦手なんだよ。たぶん、母親を早くに亡くしたせいだと思う」
「私は、前原君のお母さんが生きてた頃から付き合いがあるから。だから平気なんだって、本人が言ってた」
 あゆみの言葉に、由利が動揺の色を浮かべる。
「で、でも、それじゃどうして私に話しかけてきたの?」
「入学式の日に、か? 前にも言ったと思うけど、あいつはそういうことより他人に対する優しさが優先される奴だから」
「それじゃ、この前の屋上は? あのときの前原君、普通だったけど……」
 その言葉に、真一とあゆみは顔を見合わせた。
「そうだったのか? 俺はきっと終始真っ赤になってたんじゃないかと思ってたけど」
「ううん、普通だった。女の子が苦手なようには見えなかったよ?」
「そりゃ、お前のこと女として見てない――」
「おい」
「冗談だ。祐樹は他人のことそんな目で見るような奴じゃないし、それに第一――バトンタッチ、あゆみ」
 急に話を振られたあゆみは戸惑いの表情を見せながらも、真一の意図をしっかり把握していた。
「え? ――かわいい、から?」
「まあ、そういうことだ。もっとも、男の俺から言ったら単なる口説き文句になっちまうんで、あゆみに言ってもらったんだけどな」
「そ……そんなことないよ。私がかわいいなんて……」
 真っ赤になってかぶりを振る由利に、真一は小さく溜息をついて言った。
「確かに今までは、自信がなかったのも無理ないと思う。けど、これからはもう少し自信持ってもいいんじゃないか? 波田が過去にどんな辛い思いをしてきたのかは分からないけどさ、これからは違うんだから。――まあ、自分がかわいいって言われて、ためらいなく頷くような女、俺は嫌だけど」
「じゃあ、水崎さんはそういうタイプじゃないの?」
「ああ。あゆみはその手の台詞、肯定したことは一度も――って、おい! だから、どうしてそこで話の主語があゆみになるんだよ!」
「あれ? だって、小さい頃からずっと一緒にいたってことは、少なくとも友人として嫌いじゃないんでしょ? それとも、それ以上の意味があるの?」
 真一は、自分の発言が完全に墓穴掘りだったことに気付いた。由利がさもおかしそうな表情を見せながら、さらに言葉を続ける。
「あってもなくても、私には関係ないけどね。だけど、水崎さんはそうもいかないんじゃない?」
「あ、あはは……。他意はないよね、シン君?」
「……ノーコメント、ということにしておこう」
 由利はそんな二人を見比べながら、楽しそうに言った。
「本当に仲いいんだね、二人って」
「まあ、十数年の付き合いだからな。ある種の腐れ縁だよ。波田だって、これから作ればいいだろ、そういう友人」
「友人?」
 不思議そうな表情の波田に、真一は少し疲れたように、
「だから、いちいち言葉尻を気にするなっての。――あ、お前にはもういるか、祐樹が」
「だ……だから!」
「俺は、友人って言っただけだよ」
 黙り込む由利を見て、満足げな表情を浮かべた真一はすぐに真顔に戻って、
「まあ、友達って意味じゃ俺とあゆみだってそうだろ? だから、もし辛いこととかあったら、あんまり一人で抱え込まないで誰かに言えよ。そういうことを言い合えるのが友達だろ?」
「そうそう」
 由利は二人の顔を何度も交互に見たあと、小さな声で頷いた。
「うん。ありがと」