「しかし、祐樹が同じクラスとはね。正直、驚いたよ」 両脇に桜の咲いている校門を抜けながら、真一は話を切り出した。 「うん。私も」 「俺ら三人、いろんなことあったよな……。ほら、覚えてるか? 祐樹が引っ越した日、ずっとお前泣きじゃくってたの」 「そうだったっけ?」 「そうだよ。で、俺が一日中慰めてさ。全然泣きやまないもんだから、俺もあれこれ手を尽くして泣きやませようとしたんだ。それでお前、結局どうやって泣きやんだか覚えてるか?」 「えっと、確か……あ」 そのときのことを思い出したあゆみは、短く声を上げて顔を赤らめた。 「そう。お前、泣き疲れて寝ちまったんだよ」 「その頃から私、シン君に迷惑……きゃ!?」 真一は言葉をさえぎるように、あゆみの頭を軽く叩いた。 「だから、いつ俺が迷惑だって言ったんだよ。勝手に悪い方に思い込むな」 「でも……」 真一は不安げなあゆみの表情を打ち消すように、彼女に優しく微笑みかけ、 「俺は迷惑だなんて思ってないし、第一少しぐらい迷惑かけられたって気にしないさ」 と、その頭の上に手を置いた。 「俺のことは気にすんなよ。大体お前、俺にまでそんなに気兼ねしてたら疲れんだろ? 一体何のための幼なじみだよ」 「ごめん……」 「謝るなって。大体俺、別に幼なじみだからいつもお前の近くにいるわけじゃないんだから」 真一は目を逸らさなかった。驚いたように言葉を失うあゆみに、少年は笑顔でその気持ちをごまかすこともなく、幼なじみに尋ねる。 「あゆみだって、そうだろ?」 「うん!」 思い切り、頷く。嬉しさと、恥ずかしさと、もう一つの気持ちを顔に出しながら。 「――いい天気だな」 と、真一は目を細めながら空を見上げる。 「俺……」 と、あゆみの顔をじっと見つめる。少し照れくさそうな瞳がそこにあった。 「な、何?」 「あゆみがいてくれて、本当によかったと思ってる。すごく、感謝してるよ。結局、お前に助けられてばっかりだしな」 「ううん、私なんか何も……」 「そんなことない。お前がいたから高校だって受かったんだ」 その表情は真剣だった。その心は、深い優しさを持っていた。 「これから色々と大変になるだろうし、勉強だって難しくなると思う。お前に迷惑かけないように俺も頑張るけど、どうしようもなくなったときはよろしくな。せっかくお前と同じ学校に通ってるのに、勉強ばっかりの三年間なんて嫌だからさ」 「うん!」 と、あゆみが見せるのはいつもそばにあった笑顔。だがその表情は真一にとって、決して価値のないものではなかあった。 「それよりもシン君、写真撮るの趣味だったっけ?」 「あれ? 知らなかった?」 と、真一は意外そうな顔をする。確かに周りにはあまり知られていない事実だが、それでも当然あゆみは知っているだろうと思い込んでいたからだ。 「うん」 「そう言われてみると、いつも一人で撮ってたからな。今度、見る?」 「うん、見たい。どんなの撮ってるの?」 「風景とか、人とか。あ、それに天文写真も少し撮ってるな」 この街に生まれてからずっと住んでいるあゆみは、たくさんの風景を一つ一つ思い起こし、自分の求める景色がその中にないことを改めて確認してから口を開いた。 「天文写真って、この辺で星が見えるところなんてあったっけ?」 「それがあるんだよ。俺だけの秘密の場所なんだけどな」 「私にも教えてくれないの?」 「こればっかりは教えられないな、お前でも」 あゆみは子供のように頬を膨らませながら、 「ケチ」 と、いじけた表情を見せた。 「まあまあ。お前じゃなくたって、誰も知らないんだから」 「それはそうかも知れないけど……」 まだ不満そうな幼なじみに、真一は少しおどけながら言った。 「そんな顔すんなって。一番最初に教えようと思ってるの、お前なんだから」 「え?」 「そこは俺にとって大切な場所。だから、連れていくのだって単なる友人じゃない。一番最初に連れてく奴だったらなおさらだよ」 「それって……」 「さあ? いくらでも都合のいいように解釈してくれ。それでたぶん、当たってると思うからさ」 と、真一は早足で歩き始める。まるで、そこにある恥ずかしさから逃げるかのように。 「あ……シン君、待ってよ」 「待たな……うわっ!?」 真一は思わず声を上げた。あゆみが、自分の背中に飛びついてきたのだ。 「やめろよ、人が見て……ない」 真一は自分たち以外の人影がない周りに困惑の表情を浮かべた。それを見て微笑むあゆみ。 「子供の頃、よくこうやってシン君を驚かせてたよね」 「あ……ああ」 真一から離れたあゆみは、その隣を歩き出す。 「あの頃はシン君、歩くの速くて、それでいつも飛びついてたんだよ」 「そ……そうだったのか?」 「うん。でもいつの間にか、こうやって並んで歩けるようになったから、ああいうことしなくなったんだよ」 「知らなかった」 ――並んで歩けるように、か。そういえば昔は、自分のペースで歩いてたんだな……。 「どうしたの? ぼーっとして」 「え? あ、ああ、いやね、俺らもいろんなことあったなって」 「いろんなこと?」 「そう。例えば……お前が初めて告白された日のこと、とか」 「え……ええええ?」 「嘘。冗談だよ。お前、そういうの一度もないもんな」 派手に驚くあゆみを見ながら、真一はからかうように言った。 「でも考えてみりゃ、それも不思議だよな。お前もし、告白されたらどうする?」 「え……」 「付き合うか? もちろん、相手にもよるだろうけど」 あゆみはひどく寂しそうに、 「ううん。誰とも、付き合うつもりなんてないよ……」 と、首を横に振った。 「そっか。じゃ、好きな奴とかいないのか?」 「それは……いるけど……」 辛そうにうつむく幼なじみの横顔に、真一は自分を責めながらも即座に謝った。 「悪かったな、答えづらいこと聞いて」 「う、ううん」 かぶりを振るあゆみ。だがその顔には、まだどこかに不自然さがあった。真一は、そんな心優しい少女を元気づけるため、過去の自分に立ち戻った。 「子供の頃って言えばさ、覚えてるか? よく泣いてたお前、どうやって慰めてたか」 「シン君が? ううん、あんまり……」 ――ただ、暖かかったことだけは覚えてる。すごく大きくて、ぬくもりがあって……。 「今から考えると、やっぱり子供じみてたんだけど……」 と、真一はあゆみの頭をなでた。 「こうやって、頭なでてたんだよな。これやると、いつでもすぐに泣きやんで、笑い出したんだ」 「あ……」 真一は手を離すと、優しく笑いかけながら尋ねた。 「今でも、元気出るか?」 あゆみは破顔一笑した。 「うん! あ……でも、子供っぽいかな……」 「少しな。けど、お前らしくていいんじゃない?」 ほんの少しだけ、照れくさそうな表情。薄赤く染まった頬が、彼女の気持ちだった。 「そ、そうかな?」 「そうだよ。俺はお前のそういうとこ、いいと思うよ」 恥ずかしそうにうつむくあゆみ。何を言っていいのか分からなかった。 「あ、あのね、えっと……」 「ん?」 「私ね、……シン君がいつもそばにいてくれて、本当によかったと思ってるよ」 「バーカ。――んなこと、今さら言われなくたって分かってるよ」 そう言ってから、真一は空を仰いだ。二人の心のように、何の汚れもない抜けるような青だった。 その日の午後一時ちょうど。 「じゃ、行くか。……にしても、あゆみ」 「何?」 「お前、制服と私服じゃ印象変わるな」 新しく買ったばかりの、今日初めて袖を通した服を見下ろしながら、あゆみは素直な気持ちから聞いた。 「似合ってないかな?」 実際、自信がなかった。それを着こなすには、まだ自分は子供のような気がしていたからだ。 「んなこと言ってないだろ、誰も。……似合ってるよ。学校の制服なんかより、よっぽどいい」 だが、真一の言葉はそんな少女の不安を消した。そして、彼が下手な嘘やお世辞を言わないことは、少年との長い付き合いですでに分かりきっていることだった。 「えへへ……」 だからこそあゆみの笑顔は、照れながらも素直だった。 「じゃ、とりあえず駅に行くか」 真一はあゆみの照れた気持ちが収まるのを待ってから、自分の行きたい場所を口にした。彼が少女の気持ちを無視して話を切り出さなかったのは、彼自身幼なじみの笑顔が好きだったからである。 「駅?」 「連れていきたいとこ、あるんだよ。――でも、あゆみとこうやって出かけるのって本当に久しぶりだな。最後がいつだっけ?」 あゆみは少し考えて、 「確か……去年の三月くらいかな? それからあと、ずっと受験勉強してたから」 「本当に去年はよく勉強したよな。間違いなく今までで一番の量だった」 「そうだね」 「おかげでお前と一緒の学校に行けるんだから、それだけで勉強三昧だった価値はあるけど」 「そ、そんなことないよ。私なんていてもいなくても同じでしょ?」 あゆみは実際のところ、いつも通りの呆れた顔を見せながら返してくると思っていた。 「なあ、あゆみ。……それ、本心で言ってる?」 だが、違っていた。真一がその瞳の奥に宿していたのは、深い寂しさの色だった。それを見て取ったあゆみは、慌てて激しくかぶりを振る。 「ご、ごめん。そんなこと、思ってないよ」 「――よかった。一瞬、不安になったよ」 「本当にごめんね」 と、顔の前で手を合わせるあゆみに、真一は小さく微笑みかける。 「――最近、よく考えるんだ。俺、いつもあゆみが隣にいるのが普通だと思ってたけど、それって違うんじゃないかって。本当は、あゆみがいつもそばにいてくれることって、すごく特別なことなんだよな」 「ううん、そんなことないよ。だって私がいつも、勝手にシン君の近くにいるだけなんだから」 「俺もな、この間まではそう思ってた」 あゆみは苦笑を思わず浮かべた。だが真一は、それとは対照的に真剣な顔で言葉を続ける。 「でもそれ、違うんだよな。学校でも言ったけど、本当はあゆみに……そばにいて欲しかったから……」 「私が近くにいると便利だから?」 と、はにかんだ顔であゆみは問いかける。だが、言葉とは裏腹に口調は自分を卑下しているものではなく、むしろ真一が否定してくれることを期待しているものだった。 「そ、そんなわけないだろ! 俺はただ……あゆみと一緒にいたいから……」 所在なく幼なじみから外されたはずの視線は、しかしあゆみの顔を捉えていた。彼女は真一の行動を予測して、先回りをしていたのだ。 「シン君、顔真っ赤」 「そ、そうか?」 「うん」 「き、気のせいだよ」 「じゃあ、そういうことにしておくね」 あゆみは自然と微笑んでいた。澄み切った青空の下、自分にとって大切な人と並んで歩ける。真一とは物心がつく前から一緒にいるが、それでも彼が自分の隣にいることが嬉しかった。 「私ね――」 「ん?」 「シン君と同じクラスだって分かったとき、本当に嬉しかったんだよ。ほら、シン君と同じクラスになるのって、久しぶりだから」 「そういえばそうだな」 「シン君は、どう思った?」 真一は大きく溜息をついて、 「あのなあ、あゆみ。お前、そういう分かりきったこと、普通聞くか?」 と、そっぽを向いた。 「――嬉しかったよ、もちろん。言う間でもないだろ」 そう言われたあゆみは笑った。少し照れてるようでもあり、幸せそうでもあった。 「えへへ……。ねえシン君、私が今までで一番嬉しかったことって、何か分かる?」 「何だろ……。でも、一番嬉しいって言うんだから、やっぱり大きいことだろ?」 「ううん、そんなに大きいことじゃないかな」 「えっと……高校合格したことか?」 「違うよ」 「それじゃ、中学のとき、数学のテストで満点取ったこと?」 「外れー」 「そしたら……」 真一はその後いくつか思いつくものを挙げたが、結局正解には辿り着けなかった。 「降参……。答えは?」 あゆみは悪戯っぽい笑みを見せながら、それを口にした。 「去年のお正月、二人で初詣に行ったでしょ? そのときに、シン君と手をつなげたこと。シン君がはぐれるといけないからって、私の手、握ってくれたんだよね。子供の頃は私が手つなごうって言うと、必ず怒ってたんだよ。覚えてる?」 「そ……そんなこともあったな」 真一は狼狽した。そのあとの会話の展開が、簡単に想像できてしまったからだ。 「ねえ、シン君。今言ったら、どうする?」 「どうする、って?」 予想通りだった。従って、あゆみの質問の意図は充分に分かっていた真一だったが、それでも聞き返さずにはいられなかった。 「やっぱり、あの頃みたいに怒る?」 真一は少し間を置いて、 「……今だったら、頷くかも知れないな。多少は、怒ったふりしてるだろうけどさ」 「え……」 その台詞に、あゆみは一瞬呆気に取られた。 「だからって、今は言うなよ。言ったら、走って逃げるからな」 「言わないよ。言わないけど……すごく、嬉しい」 と、あゆみは目を細めて笑った。それは真一に言葉を失わせるのに、大きすぎる効果を有している表情だった。 「……」 言葉のないまま、真一は足元に視線を落とす。並んでいる二つの影。 物心がついた頃には、もうすでに隣に影があった。それは、いつも自分より小さかった。だがその小さな影は、真一の楽しい思い出の中にはいつも存在していた。 「なあ、あゆみ」 「何?」 「俺らがこうやって一緒にいるようになったのって、いつからだろうな」 「いつからって……子供の頃からずっと一緒だから、よく分かんない」 「そうだよな……」 ――なら、俺がお前のこと……。 「きっかけって、何だろうな」 「きっかけって?」 「俺らがこんなに仲良くなったきっかけ。何なんだろうな」 あゆみはくすくす笑いながら、 「私はね……秘密」 「何だ、そりゃ?」 「シン君でも、教えられないことはあるよ」 「教えろよ」 「ダメ。これだけはね、私だけの宝物なの」 「宝物?」 「そう。宝物。だから言えないの」 あゆみは微笑んでいた。無論意地の悪いものではなく、素直で楽しげな顔だった。 「だったら、しょうがないな」 真一はあっさりと引き下がった。あゆみの気持ちは分かるからだ。 「でも、どうしたの? 急にそんなこと聞くなんて」 「何となく、な」 その言葉は本当だった。ただ、今までは漠然とでもそんなことを口にしようと思わなかったのも、また事実だった。 「何か、心境の変化?」 そしてあゆみも、そのことに気付いていた。だから、真一の答えには納得しなかった。 「まあ、それはある。高校生になったんだから、変わってない方がおかしいと思うけど」 「それって、私に対しても?」 「さあ……どうなんだろうな」 と、真一はとぼけた。答えが――自分の気持ちがあまりにも明確に分かっていたからこそ、あえて中間の回答を口にしたのだ。 「お前はどうなんだよ。何か変わったか?」 「ううん。私は……変わらないよ。昔から、ずっと」 「そうだよなあ。昔っからとろいもんな、お前」 「え?」 「それで、本当に真面目で。全然今時の女子高生らしくないもんな」 あゆみはうつむいて、上目遣いに幼なじみを見上げながら、ためらうように聞いた。 「やっぱり、おかしい……?」 「バーカ。そっちの方がいいに決まってんだろ。その方が水崎あゆみらしいんだよ。色々な意味で、俺の知ってるあゆみはそういう人間なんだから。とろくて、ドジで、鈍くて、でも誰よりも優しい――いつも俺と一緒にいたのはそういうお前だろ? だから、そのままでいいんだよ」 「うん、ありがと」 あゆみは、心からの本当に屈託のない笑顔を見せた。 「――ゆみ。あゆみ」 「ん……ん。何?」 「『何?』じゃないって。着いたぞ」 真一はまだ少し眠たそうなあゆみの手を引いて、駅のプラットホームへと降り立った。 「あゆみ。お前、疲れてんのか?」 あゆみは恥ずかしいのか、小声で頷いた。 「う、うん。ちょっと……」 「あんまり無理するなよ。あゆみはそんなに体力あるわけじゃないんだから」 「うん、ありがと。それで、これからどこ行くの?」 少女の問いかけに、真一は微笑みを浮かべて、 「大切な場所」 と、言った。 「大切な場所?」 「そう。もっとも、一番大切な場所じゃないけどな」 だがそれでも、真一にとって大きな意味を持つ場所の一つであることは確かだった。だからこそ、最初に連れていくのがあゆみなのだ。 改札を通り、二人は駅から外に出る。 人の多さ、春の柔らかい光が降り注ぐ街並み、様々な表情。何も変わっていない風景。 「なあ、もしも――」 「何?」 「もしもだぞ、俺が何かの理由であゆみから離れなきゃならなくなったとしたら、どうする?」 「え……」 一瞬で曇ったあゆみの表情に、真一は慌てて念を押した。 「だから、もしもの話だよ。実際にそんなこと、あるはずないって」 「もし……シン君がいなくなるとしたら……」 あゆみは目を閉じて考え込んでいたが、やがてゆっくりとかぶりを振った。 「考えられないよ、そんなの。シン君がいなくなるなんて……」 想像することさえ、あゆみには辛そうだった。真一はそんな彼女を察して、優しい笑みを見せる。 「ごめんな、辛いこと聞いて。約束するよ。俺、ずっとあゆみのそばにいる。お前が俺のこと嫌いにならない限り、どんなときでも近くにいる」 「うん……」 それでもまだ、暗い表情。真一は胸の痛みを感じた。 「……」 「……」 言葉を失い、沈黙のまま歩く二人。 何か言わなくてはならないことは分かっている。だが、一体どれがこの場にふさわしい言葉なのか、判断ができなかった。 「シン君」 呼びかけられて、真一の視線はあゆみの方へと向く。彼女の瞳から寂しさは消えていた。 「ありがとう」 「あ……」 それを聞いて、真一は気付いた。 「どうしたの?」 「いや……俺、お前にありがとうって言ったことほとんどなかったなって思ってさ。感謝しなきゃいけないことがたくさんありすぎるから、何に対してか分かんないけど――ありがとう、あゆみ」 「……」 黙り込んでうつむくあゆみに、真一は心配そうに話しかけた。 「どうした? さっき言ったこと、まだ気にしてんのか?」 「ううん。ただ――」 「ただ?」 あゆみは顔を上げ、誰にも真似できない笑顔と共に言った。 「すごく、嬉しかったから」 「そ、そっか」 真一は素っ気なくしか言葉を返せなかった。多くを声にすれば、自分の心情を悟られてしまいそうだったからだ。 「なあ、あゆみ。週末にでも、花見に行かないか?」 「お花見?」 「いや、都合が悪かったら別にいいんだけどさ。もし暇だったら、一緒に行かないか?」 「うん。行く」 「じゃ、行こうな。――あ、こっちだ、こっち」 「あれ? こんなところに、階段なんてあったっけ?」 真一が示した方には細い路地があり、そしてその奥には長い石段があった。 「それが、あったんだよ」 「何か、すごく長そうだね……」 と、あゆみは不安げな表情で呟いた。 「二百段くらいあるかな」 「二百段!?」 派手に驚くあゆみに、真一は微笑みかけながら言った。 「大丈夫だって。疲れたら休めばいいんだからよ」 「でも……」 「どうしても疲れたら、俺が抱きかかえてやるよ」 「え……」 言葉を失うあゆみに、真一は小さく笑った。 「冗談だよ。もっとも、あゆみぐらい軽かったら実際に抱え上げることはできるけど。試しに、今やってみるか?」 「え……ええ!?」 「それも冗談だ。でも、あゆみって本当に正直だよな。まあ、それがあゆみのいいところでもあるんだけど」 顔を真っ赤にしてうつむく幼なじみの頭に、真一は優しく手を置いた。 「本当にあゆみって――」 「な、何?」 「子供だよなあ」 「……」 沈黙するあゆみに、真一は誤解を解くように言った。 「黙り込むなって。誰もそれが悪いなんて言ってないだろ? お前は、いい意味で子供だってことだよ」 「じゃあシン君は、子供みたいな人と大人びた人、どっちが好き?」 真一は腕組みをして、いかにも考え込んでいるようなポーズを見せてから、 「そうだなあ……。そういうの、あんまり関係ないかな。例えば俺が、誰かを好きになったとするだろ?」 「うん」 「で、友人に『どうして好きになったんだ?』って聞かれたとする。そのときに、その好きになった人が『子供だったから』とか『大人だったから』なんて答える奴、いるか?」 「ううん、いない」 「だろ?」 「でも……」 まだどこか不安げなあゆみの言葉をさえぎって、真一は彼女に微笑みかけた。 「俺、あゆみのいいとこはちゃんと知ってるから。だから、あゆみが子供っぽくても、それで愛想尽かすなんてことは、それで嫌いになるなんてことは絶対にない。……それにな、お前の落ち込んでる表情、あんまり好きじゃないんだ。まあ、落ち込ませるのは大抵俺だけど――あゆみには、笑顔が一番似合ってるよ」 「え……」 「だからまあ、あんまり細かいことばっかり気にするな。俺があゆみと一緒にいるのは、お前を嫌いになるためじゃないんだから」 そう言って、真一は照れ隠しのために空を仰ぐ。柔らかな春の太陽が、二人を包み微笑んでいた。 「さて、じゃあ行くか。疲れたら遠慮しないで言えよ。お前、体力とかあんまりないくせにすぐ無理するからな」 |